「私はいつ、どこで道を間違えた?」登山遭難で多い「道迷い」の原因が日常のトラブル回避手段の教訓になりすぎた話【読書メモ】

徒然

この記事は、羽根田治著『ドキュメント 道迷い遭難』(ヤマケイ文庫、2015年11月出版)を読んだ感想を書いています。Kindle Unlimited に加入していれば読み放題で読めます。

道迷いとは?

タイトルにある「道迷い」とは、登山遭難の原因のひとつで、その名の通り山を登っていて道に迷うこと。

しかもこの道迷いは登山遭難の原因で最も多いものなのだそうだ。

ここで登場する人たちは、ベテランはもちろん、皆初心者というよりある程度登山の経験を積んだ人たちがほとんどだ。

そんな人たちがなぜ山で道に迷い、遭難したのか。

本書は、道に迷ったことから山で遭難し、辛くも生還した人々に当時のことを振り返ってもらったドキュメンタリーだ。

登山で必ず聞く言葉

山を登る人にとっては耳にタコができるぐらいに聞く言葉がある。

「山で道に迷ったら沢を下るな。尾根に上れ。」

沢は地域によっても呼び方が違うらしいが、谷と思ってもらえばよい。

とにかく山で迷ったと思ったら、谷に下るようなことはしてはいけないと口をすっぱくして言われるのだ。

そして山道に迷わないために肝心なのは、進んでいる道が少しでもおかしいな、と感じたら、その場で回れ右して、つい今しがた来た道を分かるところまで戻るということ。

おかしいと気づいた時点で、先には決して進んではいけないのだ。

登山を経験したことがない人が聞くと、「なんだそんなことか、当たり前のことじゃないか」と思うだろう。

しかし、ことはそう簡単でないことは、道迷いを最多の原因として、登山経験者が何人も遭難していることからもわかるだろう。

本書に登場する多くの人が、おかしいなと最初に気づいた時点で立ち止まらず、そのまま進んでいって遭難しているケースが実に多いのだ。

曰く、おかしいかどうかは少し先を進んで確認してみよう。

迷っているかどうか確信が持てないから。

なら、もう少し先を進んでみてからでも遅くはないか、と。

そうなったらもう手遅れで、振り返ってもどこをたどって来たのか判らなくなっているのだという。

なるべく冷静に行動しているつもりなのだろうが、早く山を下りたいという願からか、遭難者の多くが一直線に沢にへと下って行く。

山の上から見れば、沢と山のふもとは一直線に繋がっているように見えるが、それは木々の葉っぱに覆われているからそう見えるだけなのだ。

沢を下れば必ず滝や崖に行き当たる。

そして遭難者はさらに冷静さを失い、死が忍び寄って来るー。

本書には、沢にぶち当たったときの遭難者の行動についてのインタビューが載っている。

読み手である私が読んでいてもそりゃまずいんじゃないか?という行動も、当時の本人にして見れば冷静に判断しての行動だったというのだから、読んでて背筋が凍りついた。

道に迷い、ズルズルと、いつのまにか遭難というドロ沼にはまっていく感じが本書の文章や行間から生々しく読み取れて、むちゃくちゃ怖い。

思えば、少なくともインターネットなどの通信技術が発達した現代において、私個人としては道に迷うということは極端に減った気がする。

スマホを見れば道がわかるし、街中にいれば、建物やランドマークが方向の目印となってくれるのだ。

と同時に、道に迷うことへの警戒心や、道に迷ったと気づく一種の違和感への嗅覚も鈍くなってきた気がする。

街中で迷ったな、と思ったときは、もう少し進んでみて、それで間違っていると確信が持てたら引き返すことが多い。

それは道迷い遭難の行動と同じだ。

これが山だったら安直な行動で、私は確実に遭難することになるだろう。

登山しているわけではあるまいし、町で迷うなんてたいしたことないじゃないか、という声も聞こえてきそうだ。

しかし、「ドキュメント道迷い遭難」は、そうした道迷いにたいする警戒心の軽さに警鐘を鳴らしているのではないかと思えて来る。

私の道迷いへの感覚は余りにも文明の利便さに馴染んでしまった。

登山で生き延びるためにはこうしたちょっとした違和感に気づいた上で、すぐさま修正に移すことが肝心なのだ。

そして生死を分けるかもしれないこの感覚は、日頃から訓練しておかないと、いざという時に役に立たない。

迷ったという確信が持てなくても、最初に感じた違和感にもっと敏感になろう。

それは何も登山に限ったことではない。

仕事でも同じだ。

作業中、あるいは顧客とのやり取りで、ちょっと感じた違和感を「ま、大丈夫だろう」とそのままにしておいたら、とんでもない問題に発展した、という経験はないだろうか?

私はある。たくさんある。

最初はその違和感に鈍感だった。違和感を感じていても修正する行動を起こさなかったのだ。

そのせいで社会人になりたてのころはたくさん失敗した。

やがて「ちょっと大丈夫かな?これ?」と思ったことは、先回りしてフォローを入れるなり相互に共通認識の確認を入れることで、トラブルを回避できるようになった。

違和感を感じるだけでは不足であって、繰り返すが違和感を感じたときにすぐ行動に移して軌道を修正できるかが肝心なのだと悟った。

「ドキュメント道迷い遭難」を読んで、改めて日頃から小さな違和感に気づけるように、感覚を研ぎ澄ましておくべきなのだと痛感した次第である。

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